死
姉からの電話が鳴る。
通常はLINEでの連絡だから。
何があったか察しはつく。
「お父さんさっき亡くなったから報告ね」
私は結局一度も会いに行かなかった。
昨日姉から「本当に会いに行かなくてもいい?今ならギリギリ耳が聞こえるけど、もうそろそろ意識が無くなるって。後悔しない?」と聞かれた。
私は会わない。後悔しない。と、返した。
姉は理解してくれて、じゃあまた何かあれば連絡するね。と言ったばかりだった。
昨日の今日だっただけに、と早かったな。という感想だ。
あっけなく逝ったらしい。
どうやら看取ったようだ。
あんなに家族を放って散々好きな事をして、何の処理も自分でせず人任せにし、多額の借金とゴミを遺したまま、最後は病院で家族に看取られて亡くなった。
なんてラッキーな人なんだろう。
最後まで、ズルいなと思う。
本当に、ズルい人。
彼はこれからどうなるのだろう。
天国には行って欲しくない。
これ以上、好きな事をするというのか?
家族を裏切った人にその資格はあるのか?
どうか、どうか地獄に堕ちますように。
そんな私も地獄行きかもわからない。
地獄で再会するのかな、何年ぶりの再会だろうか。
私の中には大嫌いなあの人の血が通っている。
今も尚、通っている。その事実は変わらない。
私は今も、苦しんでいる。
年に1回の外食と海水浴
物心ついた時から父は祖父の会社にそれなりの役職で勤めていて、基本的に不在がちだった。
夜、家に居たとしても必ずビールの大瓶を5本くらい空けていて、酔っていた。
小さい頃はうるさい!と怒鳴られるくらいで、会話という会話をした記憶がない。
母は専業主婦。
仕事0、友達0、知り合い0、趣味0の、ゼロ女だった。
母は車の免許も無く、スーパーに自転車で買い物に行く以外一切出掛けることはない。
当然娘の私達も普段どこかに連れて行ってもらうことは無かった。
父は週の半分は飲み歩き、週末はゴルフ。
我が家の行事は年に1度だけ。
夏休みに父が隣の県の海へ海水浴に連れて行ってくれる。
それだけだった。
普段から車慣れしていなかった私達姉妹は、道中酔いに酔い、何度も車を停めた。
年に1回の海はその日であっても遠く遠く…思い返せば楽しかった、より、辛かった部分が蘇る。
海の帰りに近くのラーメン屋でラーメンを食べて、家に帰る。が決まりのパターンだった。
幼なじみのK子ちゃんは、遊園地に行った、レストランに行った、おもちゃを買いに行った、とよく話してくれた。
休みの日に訪ねても誰も家におらず、今日は遊ぶ相手がいないな…と悲しかったのを覚えている。
身近なK子ちゃんの家族の話を聞いていると、うちはお金がないからどこにも行けないのかな?貧乏だから、仕方ないんだな…と幼心に思っていた。
が、当時決して我が家は貧しかったわけではなかった。
むしろ、祖父の会社でそれなりのポストを与えられていた父は、なかなか稼いでいたのだ。
単純に私達家族に還元されてなかっただけ。
父は自分の稼いだ分を、自分で全て散財していた。
両親と絶縁して8年目。姉からの連絡
「お父さんが緊急入院しました」
姉からLINEが届いた。
実家のガラガラ音がする扉を締めてから8年。
この田舎で偶然会うこともなく、見かけることすら無かったが、時々思い出してはワナワナして過ごしてきた日々。
姉から来たLINEを見ても、ついに死んでくれるのか?くらいにしか思わなかった。
8年前、娘の私より自由を選んだ父。
それに同意した母。
8年間自由を楽しんだ?父には、当然ツケが回ってきたようだ。
「貯金はたったの15万円。負債は変わらず3000万円。末期ガンで余命半年」
さぁ、この半年?もつかくらいの間に、これまでを振り返り、火葬に立ち会うか、立ち会わないか?を決めようと思う。